欠け月の夜に・23
◎同人誌寄りのシリアス長編です。
 幕府側がとある村に放った男女一組の内偵が、姿を消した。
  状況を把握するために、新選組から同じく男女一組の内偵を出すように命が下る。
  白羽の矢が立った原田と千鶴は、夫婦を偽って潜入することになるが……。◎
 月の質問に、千鶴はどう答えれば良いのかを迷ってしまう。

(状況から考えると、双子の様子は羅刹化……)

 だが状況だけでも少し違う。何よりもこんなに幼い子供に変若水を飲ませることがありえるのかわからないし、大の大人が飲んだとしてもきちんと羅刹化できるかどうかはわからない。羅刹になったとしても自分の心を持ち続けるのは難しい。事実、新撰組となった羅刹の者たちは、基本的に血を見れば狂う。

 血を見れば狂って、己の本能のままに血を求める怪物と化す。人以上の力はまさに化け物のそれで、それを拒み防ぐことができるのは相当の手練れの者でしかできない。それは例えば、新選組の者たちのように。

 だが月も花も空腹を覚えると血を求めるが、だからといって手当たり次第に力をふるうわけでもなかった。血を吸うために千鶴や原田の抵抗を抑えたが、傷つけようとは基本的にしていなかった。空腹感を覚えているときですら、ちゃんと自分の心を持っている。……彼女たちを、千鶴の知る羅刹とひとくくりにしてしまっていいのだろうか。

(違うと、思う)

 千鶴は食事の手を休めて、月に向かい合う。月は行儀良く千鶴の前に膝を揃えて座り、何かを追い求めるようにこちらを見つめていた。

 その子供ながらも真摯な強い瞳に、千鶴は胸を打たれるような感覚を覚える。子供ながらも今の自分の姿や行動に、何かを感じているのだろう。

 それは決して無視していいことではない。千鶴はきゅ……っ、と唇を強く引き結んだあと、月に言った。

「羅刹……と呼ばれる人たちに、よく似ているよ」

「羅刹って何?」

 千鶴はそれを説明していいものなのかどうかを迷う。だが月が自分のことをきちんと受け取ろうとする意思を瞳から感じ取り、千鶴は決意した。

「あのね、これから教えることは月ちゃんにとってとても辛いことかもしれないけど……でも、ちゃんと聞いてくれる?」

「……うん」

 揃えた膝の上に手をついて少し前のめりになりながらも、月は頷いた。千鶴は言葉を選ばず、きちんと事実を月に話して聞かせた。

 話をするうちに、どんどん月の表情が青ざめていく。月にとってはかなり衝撃的な言葉が続いていくのはわかっていても、千鶴は話を止めない。月が自分で受け止めると決めたのだから、大人の側に立つ千鶴はそれに真摯に答える義務がある。

 話を終えると、千鶴はほっと息をついた。濃い内容の話をすることは、意外に疲労感を与えてきた。貧血なのだから、仕方ないだ
ろう。

 千鶴はその場に倒れ込みたいのを何とか抑えて、月を見返す。月は小さく震えながら、千鶴をじっと見つめ続けた。

「……その話……本当……?」

 嘘であって欲しいと、後に無言で続けられるのがわかる。千鶴は月の願いを叶えてやりたいと思いつつも、首を振った。ここで嘘をついたところで、月のためにはならない。

 真実を知ろうとしている子供の前で、大人はどうあるべきなのか。千鶴はそれを試されているように思えた。

 だから千鶴は、月をまっすぐに見つめて頷いた。

「……本当だよ」

 月が、ひゅ……っ、と空気を吸い込む。叫び出したい気持ちを、子供ながらに抑えようとしているのだろう。

(頭のいい子だね。だから、頑張って欲しい)

 きっと原田も、月と花のような子供を殺したいなどとは思っていない。ただ状況が許さなければそれをせざるを得ない。

 原田たちは心を痛める。だがその痛みで足を止めることはない。……彼らは、新選組の男だから。

「……千鶴。それって……私も花ちゃんも、化け物ってことだよね?」

「羅刹を化け物と呼ぶ人が多いのは、事実だよ。ただ本当に化け物なのかどうかは私もよくわからない」

「でも、普通の人は人の血を吸ったりしないんだよね?」

「……そうだね……」

 今の千鶴には、そう答えるしかない。月にとってはとても辛い事実でも、それは間違えようがないことだからだ。

「そうだね。人は、人の血を吸ったりしないよ」

「じゃあ、私と花ちゃんは何なんだろう? 化け物ってことは、人じゃないってことだよね? 人じゃないなら……私たち、どうやって生きていけばいいんだろう?」

 途方に暮れたわけではなく、自分たちの現状をしっかり受け止めようとするものだった。だから千鶴は、月の顔を真っ直ぐに見つめて続ける。

「あのね、月ちゃん。私は何に見える?」

「千鶴さんは、人間でしょ?」

「うん、そうだね。私もこうしていたらちゃんと人間に見えるんだね」

「何、その言い方。千鶴さんも人間じゃないみたいじゃない……」

 千鶴は一度息を吸い込み、次の瞬間には意を決して続けることにする。自分の本当の姿を、ここで月に教えることは必要なことだと思えた。……それによって、自分の本当の姿を月たちに晒す危険性を伴ってしまうかもしれないが。

「私は人じゃないんだ。『鬼』というものなんだ」

「……『鬼』……?」

 月が訝しげに眉根を寄せる。月にしてみればそんな言葉は昔語りや寝物語にしか聞いたことがないものなのだろう。

「……そう、鬼だよ」

 自分が人ではないことを伝えることは、思った以上に胸に痛みが生まれる。だが、千鶴はそれを堪えて続けた。

「私は人じゃない。でも人に見える。じゃあそういうふうに見えるのはどうしてなんだろう? 月ちゃん……考えてみて」




「……これはずいぶんと情けない格好になっているな、左之」

 耳に馴染みのある低い声が叱責の響きを含んでいたが、原田は笑った。一応鎖を手首に巻き付けて捕らえられたフリをしていた原田の前に山崎とともに新たに姿を見せたのは、斎藤だった。

 山崎と一緒に土方から命を受けて、斎藤もこちらにやってきていた。山崎と一緒に周囲を探っていたため、合流するために一度原田の元を離れていたらしい。

 原田は鎖を外して手首を回す。身体に痛みはあるが、この程度はかすり傷だ。戦いの場にいることに比べれば、大したこともない。ただ、獲物がないのが少し心寂しいところもあったが、どこかで刀でも調達できればなんとかなるだろう。

 そう考えていた原田の前に、斎藤が無造作に差し出したのは槍だった。原田たちが潜入していた仮の住まいに一度立ち寄り、そこから槍を調達しておいてくれたのだ。

 渡されたそれを握りしめると、馴染みのありすぎる感触に思わず満面の笑みが浮かんでしまう。もちろん、刀を武器としても戦えるが、やはり原田の得意な獲物は槍だ。これがあれば、何でもできるような気がしてくる。

「ありがてぇ……! 助かるぜ!」

 原田の笑顔に斎藤はわずかに口元を緩ませた。いつも無表情過ぎる斎藤だったが、つき合いが長い分、わずかな変化も原田たちにはわかる。

「千鶴がいる場所はわかったか」

「はい。こちらではないようですが……」

 山崎が教えてくれた場所に、原田は心当たりがありすぎた。そこは花と月が生活している部屋がある棟だった。だが、だからこそ山崎が探り当てた場所が確かなものだと確信できる。原田は神妙に頷いた。

「間違いねぇ。そこに千鶴はいるな。千鶴は多分……あいつらの餌になっちまってるんだ……」

「餌?」

 斎藤と山崎が、揃って訝しげな顔になる。原田は少し躊躇ったあと――情報の共有のために双子の異能について説明した。

 話を聞くうちに、斎藤たちの表情は今度は固く強張っていく。原田の話を聞く限りでは、双子は羅刹としか思えない。

「そうか……ならば、仕方がない。左之」

 斎藤が自らに言い聞かせるようにもしながら、言った。

「その双子――殺すぞ」


HP初出//2016.08.21
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欠け月の夜
はじめまして。坂上と申します。
いつも舞さんの小説を楽しく拝見しています。(ブログにされる前の頃から…)

「欠け月の夜」の続きが投稿されているのが嬉しくて、こちらにコメントしてしまいました。
羅刹の存在を知った月ちゃん花ちゃんや、二人の事を知った新選組の面々がどんな動きをするのか?続きを読める日が楽しみです!
お忙しいと思いますが、いつかまた投稿再開して下さると嬉しいです。

突然のコメント、失礼しました。
坂上 | URL | 2017/01/24/Tue 20:50 [EDIT]
Re: 欠け月の夜
坂上さま

はじめまして、こんにちは!
お返事がこんなに遅くなってしまってすみませんでした。
ようやく落ち着いて創作活動をしたり、体調を直していったりすることができるようになってきました。
本当にゆっくりとですが、完結するように頑張りますので、
また気が向かれたら遊びにきてやってください。
コメント、とても嬉しかったです! ありがとうございます!

| URL | 2017/05/07/Sun 16:04 [EDIT]

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